彫刻家の想い人
塔上月扉
【才能を追い求める青年の禁断の選択。幻想怪奇】
◆あらすじ
芸大に入学した僕は、野心と創作意欲にあふれる学生たちに囲まれ、大いに刺激を受ける。創作の神にすべてを捧げ、自分だけの彫刻を創り上げるのだ!
恋なんかしている暇はない!
だが季節が変わると、一人また一人と恋に落ちて創作から脱落していく。
そして僕も気づかぬうちに恋に捕らえられており……。
恋への抵抗と君への思いにさいなまれていた僕は、ある日ふと旅先で手に入れた薬のことを思い出した……。
◆目次(収録内容)
彫刻家の想い人
創作者たち
変化
焦燥
魔法
異変
エピローグ
◆おおよその文字数
32,900文字
(目次・奥付などを含む)
◆立ち読みコーナー
創作者たち
ヨーロッパの古い小さな町によく見られる狭い裏道には、いつから存在しているのかもわからない怪しげな店が残っていたりする。
そのほとんどは、旅人を惑わす雰囲気をまとっているだけのたわいもない店か、謎めいたいわくつきの品々だと偽って観光客に売りつける詐欺師の店かもしれない。だがそんな店の一つで、僕は「魔法薬」を買った。
茶色に変色した紙のラベルが、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出している。書かれている文字はラテン語とヘブライ語のようにも見えるが、読むことはできない。
学生時代に芸術修行であちこちを旅していた時に、興味本位で買って忘れていたガラクタのうちの一つだ。
僕は旅に出ると、なぜだか感傷的な気分が盛り上がってしまう。その時にお金があれば、他人から見たらくだらない物をついつい買ってしまいがちだ。いや、お金がなくとも心惹かれた思い出を集めてしまう。
そういう習性は、きっと僕以外の人にもあるのではないだろうか。
たとえば形や色が気になった石や貝殻を拾ったり、落ちていた葉や花の色や形に惹かれ手帳に挟んで押し花にして持ち帰ったりする。あるいは旅先で書いた日記や走り書き、スケッチなども旅の記憶の断片として、決して捨てることはせず旅の思い出箱にしまっておくのだ。
他人から見たら、もしかしたらこれは変わった趣味に見えるかもしれない。けれど変わり者と呼ばれようとも、僕はかまわなかった。
それらを時折取り出して、手に入れた時や場所や空気感を思い出しては懐かしむ。僕はそんな時間もまた気に入っていたのだから。
けれど僕が育った故郷には、そんな感傷的な思いを理解し、共感してくれる友人はいなかった。むしろ価値のないガラクタを集めている変人だと、僕は見なされていた。拾い集めた物でわけのわからない物を作っている変わり者だと、陰で言われていることを知っていたが、気づかないふりをしてやり過ごしていた。
興味のないことであっても、周りに合わせて興味があるふりをしなければ、つまはじきにされる。そんな苦行のような毎日を、周りの学友たちは難なく過ごしていた。
ここは僕のいる場所ではないと常々感じていた僕は、心を開いて交流することに背を向け、一人で何かを作り出すことに励んだ。いろいろなものに心引かれては飽きるのを繰り返していたが、やがて石や木を彫って、別の物を創り上げる彫刻に夢中になっていた。
もともと昔から、ふと目にした木の枝や石の形が、何かに似ているような気がして、ついつい拾い上げポケットに入れて持ち帰ってしまう子供だった。それらの拾った木や小石を、少しだけ削ったり粘土や他の物をくっつけたりしてやると、自分が最初に感じた形に近づくのが面白かった。
きっと形というものに惹かれがちなところが、子供の頃から僕にはあったのだろう。
もっと自分の思う形に近づけたい。想像したものを作りたい。そんな思いは強くなる一方だった。しかし故郷の小さな町では彫刻に興味を持つ仲間に出会うことはなく、理解も得られず、心は孤立するばかりだった。
だがある日、芸術だけを学ぶ大学があることを知った。
国中から、世界中からあらゆる芸術を学びに意欲的な学生たちが集まってくる場所。そこでなら思う存分、彫刻を学べ、新しい技術を身につけられるらしい。そこなら刺激し合える仲間もいるに違いない。
こうして僕は自分の彫刻の技術をもっと高めるために、故郷から遠く離れた遠くの芸術大学に入った。

