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​小説

片道バス 表紙.JPG

片道バス
 第一刷発行 2022年11月
 著 者 塔上月扉
 発行者 謎降舎
 (C)TOUGAMI TUKITO
 価格 200円

kindle unlimited対象

片道バス

 塔上月扉

 

 他人と関わったり、みんなと競う運動は好きではないけれど、
お気に入りの青色のノートや手帳に、気になったことを書くのは大好きな朝生(あさお)。
 四年生からはクラブにも入れるし、できることも少しずつ増えてきている。
 季節外れの転校生も来るらしい。


 ある日、数字が朝一つしか書かれていないバス停の時刻表を見つけて興味を持つ。
 え? 朝しかバスが来ないの? 夕方帰ってこられないじゃん。
 このバスは、どういうこと? 片道しかないの?
 さっそくノートに疑問をメモして、調べに行く・・・と、行きたいところだけれど、人目を気にして、なかなか行動できない。変な奴と思われたくないし、校則は守らなきゃいけないし、両親には許可をもらわなきゃならないし、自由に行動できなくてもどかしい。
 はやく自由に何でもできる大人になりたい。
 でも急には大人になれないから、自分なりにできることから、ちょこっとずつやっていこうと思う。

 まずは、ちょっとした疑問や不思議に思ったことをノートに書いて、やりたいことや知りたいことを忘れないようにしよう。

◆目次(収録内容)


 片道バス
  一   朝 
  二   転校生  
  三   六時二十三分発だけの時刻表  
  四   図書室 
  五   バスのりば地図  
  六   バス停を見に 
  七   ねこの詩  
  八   窓から確認  
  九   クラブ決め  
  十   図書クラブ  
  十一  四番のりばバス停  
  十二  クラブ初日  
  十三  ちらし 
  十四  雲 
  十五  終点駅へ 
  十六  ふたたび大川駅へ  
  十七  ひたすら歩く 
  十八  資料まとめ
  十九  バス停のタイプ 
  二十  ゆり園 
  二十一 本の仕事 
  二十二 避難訓練とその後 
  二十三 どうどうめぐり 
  二十四 バス停調査 後半 
  二十五 立ちはだかる謎 
  二十六 体育館の出来事
  二十七 星の影
  二十八 資料館 
  二十九 ふたたび 原初のバス停 
  三十  時は過ぎ(一年後)

◆立ち読みコーナー


      一   朝

 家を出て五分歩くと地下鉄・朱丘(あかおか)駅に着く。
 地下鉄に三駅のると地下鉄・竜月(りゅうげつ)駅に到着。改札を出て階段で一番出口に上がり、五~六メートルも歩くと、すぐに学校の正門だ。
 家から学校までの動きは、無意識で自動的に行える。
 地下鉄で、たったの三駅なのだけれど、小学校へ入学した時はまだ小さかったから、一人で電車に乗って学校へ行くだけで、毎日とても緊張したのを思い出す。地下鉄朱丘駅は二路線が交差しているから、どのホームからのるか。何駅目で降りるか。何分ぐらいで到着するか。止まる駅名も順番に覚えていく。ノートに駅名を、きちんと書いて、地下鉄が止まるたびに、駅名が合っているか何度も確認していたものだ。
 列車にのる位置も重要だ。
 降りた時に一番階段に近くなる場所にのる……のは素人だ。
 停車した時に階段から一番近い車両の両隣の車両にのると、降りる時も、のる時も早いと気づいたのは、いつだったか。
 改札につながる階段に一番近い扉は、降りる人とのる人が、他の扉よりも圧倒的に多い。階段下のホーム幅が狭い位置に降りると、人がスムーズに動かず、すぐに歩けないことも覚えた。
 そんなわけで今降りるのは、改札につながる階段から一車両、隣の車両で、階段から離れた位置の扉だと決めている。混み具合で左右の扉に移動することもある。
 三年以上も毎日のっていれば、そんなこともすっかりわかってきて、もう何も考えなくても電車にのって学校まで行ける。本を読んでいても、考え事をしていても、テストで頭がいっぱいでも、寝不足でも間違えることはない。
 朝、家を出る時間も地下鉄にのる時間も、学校への到着時間も、毎日同じだ。年に何回かは電車が遅れることもあるけれど、基本的には、ほぼ変わらない。
 もちろん帰る時間も、ほとんど変わらない。
 学校帰りの寄り道は禁止されているからね。
 だから今では時刻表を見ることもないし、電車がどこから来て、どこへ行くかを気にしたこともない。
 もう三年間ずっと、電車は毎日同じ時間に同じ方向から来て、同じ方向へ去って行っている。反対方向から来たことは、ただの一度もない。
 電車の中では立ったり座ったりして止まっている。けれど駅に到着した瞬間から、歩き出す。駅では基本的に歩き続けている。立ち止まったり、ぼんやりしたりすることはない。止まるのは電車を待つ時と、エスカレーターにのる列に並ぶ時だけ。
 駅で友達と待ち合わせることもめったにない。一緒に帰る場合は、学校で待ち合わせるから、駅で待つ必要がないのだ。
 だから駅構内では、いつも素通りばかりだ。三年以上も一日二回利用していても、じっくりと観察したことはない。
 とは言うものの毎日利用している地下鉄竜月駅は、それほど複雑な作りではない。改札は一カ所。上り線のホームからも下り線のホームからも同じ改札にしか出ない。
 あとは駅構内で確認済みなのは、トイレの位置とか。出入り口とか。エレベーターとエスカレーターの位置。駅事務室。あとは改札口の横にジュースとアイスの自動販売機があるだけだ。まあ、基本的には見るべきものがない必要最小限のシンプルな作りの駅といった感じだ。
 改札を出て階段に続く細く長い通路を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おはよっ! 朝生(あさお)」
 そう言いながら肩に腕をからませるようにのせてきたのは、クラスメートの天河颯斗(てんかわ・はやと)だった。良いよなぁ、普通な感じなのに、さりげなくかっこいい名前なのは。
「颯斗、重い」
 首に巻き付いた颯斗の腕を引きはがす。
 ちなみに朝生というのは、ぼくの名前だ。四門朝生(しもん・あさお)。
 朝に生まれたから朝生と名付けられたと、ぼくの名前を見た人は考えるようだ。名前の由来を聞かれたら、ぼく自身もそう答えている。
 けれど本当の由来は違う。
 ぼくの両親はアーサー王伝説のファンなのだ。新婚旅行はイギリス。
 そう、朝生……あさお……あーさーお……あーさーおぅ……そういうわけだ。
 この名前の由来は、絶対に誰にも言っていないし、誰にも知られないように気をつけている。家の書庫のアーサー王コーナーになっているガラス戸付きの本箱を見たら、勘の良い人ならひらめくだろう。だから、家にも絶対に友達は入れさせない。
 カタカナでアーサーという名前にされなかっただけ、まだマシかなと、ひそかに自分を慰めている。
 何のファンでも良いけど、同じ名前にしたいなら、子供ではなく自分の名前を改名すれば良いのにと思う。
 もちろん、ぼくが剣道とかフェンシングが強くてうまいかっこいい子供だったら、名前がアーサー王でも良いけど、あいにくと、ぼくは運動も武道も好きではない。病弱ではないけれど、はっきり言えば体力がある方ではないのだ。
 成績だってトップではない。
 科目によって変わるけれど、上の下から中の上くらい。あ、国語だけはちょっと良いかな。クラス委員や生徒会に立候補して、生徒たちのために率先して何かをする気もない。リーダー気質でもない。
 誰から見てもアーサー王とは似ても似つかない。
 だから絶対に、名前の由来は誰にも知られないようにしなきゃならないんだ。
 心の中で固く決める。
「何ぶつぶつ言ってるんだよ」
 隣を歩く颯斗が、不審そうな顔でこちらを見ている。黒色に近い濃い赤みがかった目とまつげをしている。
「ああ、うん。今日の宿題のことを考えてた」
 あわててごまかす。
「え? やってないのか」
 颯斗はお調子者だが、先生に怒られる時間が無駄という理由で、宿題は毎回きちんとやってくる男なのだ。むしろ、うっかり忘れるのは、ぼくの方だ。
「今日はやってあるよ」
 地上に上がる階段を上る。これが長くて、けっこう疲れるのだ。帰りは下りだから良いけど朝は上りだから、途中で膝の上と腿の裏が痛くなる。
 学校の正門に一番近い地下鉄出入り口には、階段しかないのだ。エレベーターとエスカレーターは交差点を挟んだ出入り口にしかない。そっちは怪我、病気、車椅子の生徒以外が使うのは禁止されている。生徒全員が使ったら、一般の人が使えなくなるかららしい。
「適当にやってきたとか?」
「自分のできる範囲でやった、だよ」
 まじめに訂正したのに、颯斗に声を出して笑われた。
「それを適当って言うんだよ」
 そうとも言うかも知れない。
「わからない問題は、どうやっても解けないから」
 ふい、と顔をそらして正面を向く。
「解けなかった問題も、質問ノートに書いてるの?」
 そう言いながら颯斗は、ぼくのポケットを指差した。そこには小さな手帳とボールペンが入っている。
 ぼくはいつも小さなノートとボールペンをポケットに入れている。
 そのノートに何でも書き込むようにしていたら、自分でも気づかないうちに、何でも書くのが癖になってしまっていた。
 何でもいつでもメモする人なんていないから、クラスメートや友達からは、すぐにノートに書くとか、新聞記者とか、からかわれることもある。
 でも、しかたがないんだ。ぼくは忘れやすいから。
 何かおもしろいことを思いついたら、その瞬間すぐに書きつけておかないと、学校に着いてから、家に到着してから書こうと思っても、何も覚えてないってことに気がついたのは、小学校の二年生か三年生の頃だったと思う。
 おもしろいことを発見したら、みんなにも教えてあげたいと思うのは普通だけど、翌日に学校に行くまでに、けっこうな割合で忘れてしまう。
 毎日の宿題は家に帰っても覚えているけれど、二週間後までにやっておく期限が先の宿題なんかは、書いておかないとわりと忘れてしまう。
 休みの日に買おうと思った文房具とかも、週の途中で何回か思い出しても、忙しかったり、遊んだりしていると忘れてしまう。
 ましてや、思いつきや、ひらめきは数秒で忘れてしまう。
 どれだけ物覚えが悪いんだろうと、落ち込んだりもした。
 図書室で記憶力の本を読んでもみた。でもなかなか記憶力は良くならない。
 その本には、教科書を一度読んだだけですべて覚えてしまう記憶の達人や、会った人の顔と名前を一回で覚えてしまう記憶力の良い人の話がたくさんでてきた。記憶力が良い人に生まれていたら、学校なんて楽だろうなぁ。
 どうやらぼくは、記憶力は良くないようだ。
 でも、まわりの友達やクラスメートと比べても、悪い方ではないと思うんだけどな。成績だって悪くないし。友達の誕生日や、クラスメート全員の住所を覚えてるような奴は、ぼくよりも記憶力が良いのだろうけれど。
 ぼくの記憶力は、少なくともみんなと同じぐらいだ。けれど覚えていない、忘れやすいのは現実だから、とにかく手帳に書くことにしているんだ。
 そんな風にいつも必ずノートか小さな手帳を持って、いろいろ書き込んでいたら、趣味はノートだろ、と言われるようになってしまった。
 趣味はノートって何だよ、意味がわからないから、と言い返してるけど誰も聞かない。思いついたことをノートに書くのは、趣味とは言わないと以前、先生にも言われた。
 前に宿題で、自分の趣味についての作文を書いた。
 その時に、何でも思いついたことや気になったことをノートに書いていますと書いたら、書き直しになってしまったのだ。
 気に入った写真や切り抜きをノートに貼ることをスクラップと言うらしい。その場合は趣味はスクラップブックです、と言っても違和感がない。
 何でもノートに貼り付ける代わりに、書き込むとスクラップブックとは言わないらしい。好きな絵や文章を書けば、趣味は絵を描くことです、趣味は物語の創作です、と言える。
 つまり「何でも」帳というところが、趣味と言えないようなのだ。「何でも」では趣味にならないということらしい。「何か」じゃなければいけないようだ。
 趣味と言うか、やっていて楽しいことは、気になったことを調べることかな。
 でも、そういうのは趣味とは言わないらしい。
 調べる対象が具体的じゃないと趣味とは言えないと、みんなは言う。お城が好きで全国のお城を調べるとか、電車ファンで電車の種類を調べるとか、写真を撮るとか、何が好きなのかをはっきりさせてこそ趣味と言えるようだ。
 だからこそ、趣味はノートだろ、と言うまわりのクラスメートたちの方が、間違っているはずなのだけれど、やっぱり今も同じことを言われる。先生が授業で言ってくれないかな。趣味はノートですは間違いですと。
「学校の宿題の疑問は、これには書かないの」
 ぼくは親指で胸ポケットに触れた。
 ちなみに今使っているのは青色の手帳だ。文房具店で見つけたもので、カバーがしっかりとしていて、机がなくても手に持ったまま書きやすいところが気に入っている。
「宿題の疑問は、授業用のノートか復習用ノートに書いてるから、これには書かないよ」
「ふぅん」
 颯斗の返事は、あっさりしていた。と言うよりも、ただの相づちだった。どうやら特に興味があって聞いてきたわけではないようだ。
「ところで今日、転校生が来るらしいぜ」
 そう言って、こちらをふり返った颯斗の赤色がかった前髪が揺れた。
「え? 今、五月だよ? めずらしいね」
 ぼくらの通っている学校は私学だから転校生自体は、それほどめずらしくはない。でも一番転校生が多い時期は、海外留学を終えた生徒たちが、日本に帰ってくる九月だ。次が国内の転勤に合わせた四月。
「親の転勤が遅れたんだろ」
「そんなところかなぁ」
 四月の転校なら、新学期が始まったばかりだから、わりと目立たない。五月だとクラスメートの顔を覚えた頃だから、転校生は目立つ。
 転校生なんて、大変そうだ。みんなに興味本位であれこれ聞かれるのも、いろいろなことを聞かなきゃならないのも、考えるだけで面倒すぎる。
 本当に自分が転校生じゃなくて良かったと思う。
「美少女だと良いな」
 颯斗の方を見ると、めちゃくちゃ期待している顔をしている。
「……美少女の定義を述べよ」
 やっぱり転校生は大変だ。勝手に想像されて好き勝手に言われ放題だから。そして勝手に落胆されても、転校生からしたら迷惑なだけだろう。転校生への興味が薄れて、ほとぼりがさめるのは、一週間後ってところか。
「こまかいな! かわいければ美少女だから!」
 だからその「かわいい」が人によって違うから、わからないんだってことは……颯斗には通じないだろうなぁ、きっと。
 それに、ぼくは知ってるんだ。
 颯斗は、自分のことをかっこいいとか、親切とか、ありがとうと言ってくれた女の子のことは「あの子はかわいいよな」とすぐに言うことを。

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