小うさぎは、うたた寝の合間に恋をする
塔上月扉
【ボーイズラブ、少年、兄弟、義理の兄、転生、異世界、貴族、中世、謎解き】
◆あらすじ
目覚めたら小説「竜騎士と麗しの薔薇の園」の主人公の敵である伯爵家のエロでゲスで横暴で醜男な息子から虐待を受け、手をつけられてしまう義理の弟ジュエルになっていた! 数年後にクズすぎる兄は主人公たちから断罪され、伯爵家も滅亡する展開なのだ。
あらゆる意味で大ピンチだよ俺! せっかく儚げな美少年に転生したっていうのに。
そんな絶望的な未来からは、絶対に逃れてやる! そう決意した俺はとりあえず、兄に媚びることにした……。いや、だって他にできることがないし。
こうして母の再婚により出会った義理の兄は、前世の俺の基準では意外に良い男で……?
兄に媚びまくりながら、貞操の最後の一線を守りつつ、ゲスで変態の兄を更生させているうちに、この体の元の意識が時々浮上してくるようになって、兄に懐いてしまった。
いや、もう少し待ってくれ。兄を断罪させないようにしてるところだから!
というか兄も、俺を触りまくってくるんじゃない! そういうことをしてる場合じゃないんだよ!
兄を更生させて断罪と伯爵家の破滅を防いで、俺はのんびりとお気楽な貴族生活を送れるようになれるのか?
(第一章はムーンライトノベルズで2024年11月~2025年1月に連載していたものです。連載のために重複していた説明部分を削除し、薔薇の迷宮が複雑過ぎたのをわかりやすく書き直しました。他は連載時と同じ内容です。)
(第二章はジュエルの父世代の物語がメインです。番外編は、おまけです。)
【注意と警告】
この物語はBL(ボーイズラブ)です。
残虐な描写や残酷な設定があります。
18禁、R18のため18歳未満の方は読めません。
Amazonで18歳以上か年齢の確認ページがあります。
18歳未満の方はアクセスできませんので、ご了承下さい。
◆目次(収録内容)
第一章
目覚め
兄、学園へ
村の少年
学園訪問
麗しの薔薇の宝石
六年後
王宮でのお披露目
【図】薔薇の地下迷宮の地図
第二章
サフィーア・アレベンティ公爵編
小公子編
番外編・二人の日常
眠りにつく前に二人で
兄の確認事項
森の中で
お兄さまの大好きなところ(月と小うさぎ)
イメージイラスト
ジュエルの幸せな夢
連載中の御礼イラスト一枚目
連載中の御礼イラスト二枚目
あとがき
◆おおよその文字数
155,900文字
(目次・奥付などを含む)
◆立ち読みコーナー
気づいたら、馬車の中。
目の前にはきれいな大人の女性。だが結婚式で着るような淡い黄色のドレスを着ている。豪華に結い上げられた髪には、薄いレースのベールが後ろに向かって掛けられている。
とてもすてきな服と髪で装っているのに、女性は浮かない顔で目を伏せている。
沈んだ表情の女性が、ふいに目を上げ口を開いた。
「ジュエル」
その瞬間、自分が誰なのかを思い出した。
目の前のきれいな女性は自分の母親で、子爵令嬢。父親は公爵だったけれど事故で亡くなってしまった。
母と自分は今、再婚相手の元へ向かっているところだ。
自分の手を見下ろすと、モミジのような小さな愛らしい手。とても小さい。小さな子供の手? 何歳だっけ?
いや、そんなことよりも、今思い出したのは二つ目の記憶なのだ。
もう一つの記憶。
大人だった記憶。
この世界とは違う世界で生きていた記憶。日本でごく普通に暮らす一人暮らしの会社員だった。
そうか……俺は前世の記憶が甦ったんだ。
* * *
「モーティウム伯爵は、恐ろしい方だと言われています。子爵家にいる時よりも打たれたり蹴られたり……鞭で叩かれたりしたとしても……何を言われても、何をされても従っておくのですよ」
モーティウム伯爵の名前を聞いた瞬間、自分が生まれ変わったのではなく、異世界に転生したのだと悟り、転生先がどこかもわかった。
前世で読んだことがある小説「竜騎士と麗しの薔薇の園」に出てきた伯爵家の名前だと。
竜騎士なんて単語だが、この世界には竜も妖精もいないし、魔法もない。ただの中世いや近世に近いヨーロッパ風異世界なだけだ。まだ蒸気機関も機械も発明されていない時代。それでも中世よりはあらゆる技術が進歩している。貴族が庶民を支配している複数の国々からなる世界。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
問題は、この転生した自分の体が、主人公や脇役の「幸せになる側」とは、ほど遠い立場にあるって事だ。
悪役側の、しかも悪役に徹底的に支配され絶望の底に叩き落とされる役目……悪役の残虐さを際立たせるためのエピソードにだけ登場する哀れな犠牲者……それが俺の立場だった。
思い出した途端に、自分が今、絶望的な状況にあることがわかり、血の気が引く。
目の前の女性……今の俺の母が、沈んだ表情をしているのも当然だった。
母は子爵家の令嬢であり、公爵の父と結婚して俺を生んだ。だが去年、父は急に行方不明になり、その後、壊れた馬車が発見されて死亡したと判断された。
公爵家は父の弟が後を継ぎ、母と幼い自分は子爵家へ帰された。子爵家は母の兄が後を継いでいたが、肩身は狭かった。母の兄である子爵は、とにかくケチでこの先ずっと何の役にも立たない母子の面倒をみなければならなくなったことに酷く腹を立てていた。
子爵家の屋敷内ではあるものの、一番端の普段は誰も来ないような部屋を一室だけあてがわれ、使用人にすら邪険に扱われる始末。
後ろ盾もなく、この先、再婚できる見込みもない母と子は、子爵にとっては、ただお金が必要なだけの邪魔な存在とみなされてしまったのだ。
我が儘でやんちゃな兄の子供たちからも、いじめられ、嫌がらせをされる日々に、母は部屋から出ず、毎日泣いていた。
そんなある日、母の兄である子爵が、母に結婚話を持ってきた。
当然、ろくな内容でない。だが、母には拒否権はない。資産家の伯爵家の後妻になれとのこと。
嫁ぎ先の伯爵家の名前を聞いた途端に母は気絶した。
モーティウム伯爵家は、祖父、伯爵、息子の家族構成。祖母も伯爵の妻も随分前に亡くなっている。商売を手広く行い、伯爵でありながら、侯爵などは足元にも及ばないほどの資産家だといわれている。
だが人を虐待する残虐な性格と、絶倫な性欲を持ち、次々と女性の使用人や領地の女たちに手を出し、ゴミくずのように扱い、捨てまくって、他人の人生を破壊しまくっているとの噂がたえない。
男性の使用人たちに対しても、気に入らないと、犬に追わせ狩りの獲物にするのは、しょっちゅうだとか。まだ子供である息子ですら常に鞭を持ち歩き、気に入らないことがあると、側にいる者を打ち据えるから、誰も近づかないらしい。
領地の人々は伯爵家の人間とは決して目を合わさないという。
とにかくこのモーティウム伯爵家の者たちは、気に障っただけで誰彼かまわず拷問し、奴隷落ちさせると評判が悪かった。
よくもまあ、ここまで酷い噂が伝わってくるものだと、事実だとしたら、何故王室は処分しないのかと人々は恐れおののいている。
だが、伯爵家の人々もよく考えたもので、いたぶるのは平民に対してだけらしい。
貴族が平民を痛めつけても、罰せられることはない。ましてや自分の領地の平民は所有物であるから、何をしても誰も何も言わない。他の領地の平民を痛めつけると、その領地の領主から苦情を言われることはあるが、多くは賠償金を支払って終わりだ。
あとは逆らえない相手。年貢が払えないとか、借金を返せないとか。
つまり金で買われ、帰る場所がない母のような存在だ。
モーティウム伯爵家の祖母と現当主の奥様が早々に亡くなっているのも、世間では絶倫と虐待に耐えられなかったのだろうと噂されている。
こんな最低な奴らは、たとえ二枚目であっても嫌われる。
それなのに、このモーティウム伯爵家の者たちは、外見までも女性には好かれない見てくれなのだという。
虐待されるにしろ、絶倫な夫に耐えられないにしろ、せめて相手が二枚目だったら、ほんの少しだけでも救いがあるかもしれない。
だがモーティウム伯爵親子は、たとえ性格が良かったとしても、女性たちからは毛嫌いされていたに違いない外見をしていた。
子爵や子爵夫人、息子たちや使用人たちの表現によれば、豚だの猪だのと言われていた。つまりイケメンとは程遠いデブか、とにかく恰幅が良い体形と思われる。
まだ小男ならかわいげがあるが、山脈とまでセットでけなされているのだから、つまりは巨漢なのだろう。当然のように、豚山脈とか猪山と陰口を叩かれているらしい。
つぶれた蛙のような顔だの、豚のようなまばらな毛が生えた指だの、猪のような体型だの、分厚い唇を何度もなめる巨大な舌に吐き気がしただの、子爵夫人の評価はさんざんだった。
そんな貴族女性たちからも嫌われている外見の伯爵だったが、それでも大金持ちの貴族であるために結婚はできた。しかし伯爵夫人は長男を生み、数年で亡くなってしまい、その後は伯爵は商売女と愛人を囲う生活で、妻は娶らなかった。
だが、ここにきて子爵が売り込んだのだろう。逆らわない妻はいかがですかと。最初、伯爵は乗り気ではなかったらしい。
しかし幼い息子がいる子連れだと聞いて、子爵の提案に乗ってきたようだ。
何故かと言えば、伯爵の長男である小伯爵の性癖、性格が、伯爵や祖父にとって頭痛の種だったからである。息子である小伯爵は、祖父や父が手を焼くほど、領地の子供たちを屋敷に無理矢理連れてきては鞭で叩き、獲物として狩り、寝所に連れ込んではズタズタになるまでいたぶり……文字通り、二度と立てなくなった子供たちも多くいたとの噂だ……そして飽きたら捨ててきたと。
祖父と父が金で解決、口止めしてきたが、残虐すぎる行動は止まらない。
そんな時に、ちょうどおもちゃにできそうな少年……そう、しかも小伯爵は少女よりも少年をいたぶるのを好んだ……を連れた、逃げられない子爵令嬢を後妻にという話を子爵が持ってきたのに、飛びついたのも当然のなりゆきだった。
とにかく小伯爵が虐待する数を減らすつもりなのだ。領民や使用人たちの子供に次々と手をつけては、いくら貴族とはいえ反感は免れない。
祖父や伯爵も、さんざん手をつけて遊んではきたが、少なくとも奴隷以外は壊してはいない。世間の噂とは違い、飽きた後は、嫁入り先を見つけてやったり、田舎にちょっとした土地をつけて年老いた両親や弟妹と暮らせるようにしてやったり、割の良い仕事先を斡旋して自立できるように面倒をみてやったりと、それなりのことはしてきているのだ。
だが、体自体を壊して半身不随になったり、立てなくなった息子たちが帰ってきては、両親は黙っていない。
息子が思う存分虐待するために奴隷を何人かあてがったが、少年奴隷はそう簡単に手に入るものではない。借金などで奴隷になるのは成人がほとんどであり、その家族が奴隷になったとしても、少年は長期間使える労働力としてすぐに売れてしまうのだ。
つまり、子爵令嬢を子供付きで後妻に迎えたのは、子供の方を、息子専用のおもちゃとして買ったということなのだろう。
子爵は、後妻や連れ子が、伯爵夫人と伯爵令息になった後は、どうなろうと、行方不明なろうと、一切口を出しませんと伯爵に約束し、二人を子爵家の籍から完全に抜いた。王家にも許可をもらい貴族名簿の子爵家から、正式に二人の名を抹消し、伯爵夫人と伯爵令息として記載をし直した。
これで二人は、もし伯爵から離縁されたら、平民である。
貴族としてしか生きてきていない母には、平民として扱われるなど、とても耐えられない。
だから何としても、どんなに残酷にいたぶられても、伯爵からの扱いには耐えるしかないと、母は絶望的な思いで、伯爵家へ向かう馬車に乗っていたのだ。
(中略)
俺は、どうにかして母子で逃げられる方法はないかと、馬車の窓ガラスに映った自分の姿を睨みつけながら、頭をフル回転させる。
……って、この窓に映っている天使は何者だ?
え? 俺?
